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横浜地方裁判所 昭和62年(ワ)2193号 判決

両事件原告 五木田秀夫

右訴訟代理人弁護士 小原卓

第一事件被告 川辺こと 川邊ウメ

〈ほか一名〉

右両名訴訟代理人弁護士 山下義則

第一事件被告 川辺こと 川邊勇

〈ほか一名〉

右両名訴訟代理人弁護士 鈴木光春

同 橘田洋一

第二事件被告 前島節子

主文

一  被告川邊ウメは、原告に対し、原告から金三〇〇万円の支払を受けるのと引換えに、別紙物件目録(四)及び(五)記載の各建物を収去して、同目録(二)記載の土地を明け渡し、かつ、昭和六〇年一月二日から右明渡ずみに至るまで一か月金一万八〇〇〇円の割合による金員を支払え。

二  原告の被告川邊ウメに対するその余の請求を棄却する。

三  被告川邊勇は、原告に対し、原告から金三五〇万円の支払を受けるのと引換えに、別紙物件目録(八)及び(九)記載の各建物を収去して、同目録(三)記載の土地を明け渡し、かつ、昭和六〇年一月二日から右明渡ずみまで一か月金二万一〇〇〇円の割合による金員を支払え。

四  原告の被告川邊勇に対するその余の請求を棄却する。

五  被告森田善三郎は、原告に対し、別紙物件目録(七)記載の建物部分から退去して、同目録(二)記載の土地を明け渡せ。

六  被告三石弘子は、原告に対し、別紙物件目録(一〇)記載の建物部分から退去して、同目録(三)記載の土地を明け渡せ。

七  被告前島節子は、原告に対し、別紙物件目録(六)記載の建物部分から退去し、同目録(二)記載の土地を明け渡せ。

八  訴訟費用は被告らの負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

(第一事件)

一  原告

1 被告川邊ウメは、原告に対し、別紙物件目録(四)及び(五)記載の各建物を収去して、同目録(二)記載の土地を明け渡し、かつ、昭和六〇年一月二日から右明渡ずみに至るまで一か月金三万円の割合による金員を支払え。

2 被告川邊勇は、原告に対し、別紙物件目録(八)及び(九)記載の各建物を収去して、同目録(三)記載の土地を明け渡し、かつ、昭和六〇年一月二日から右明渡ずみまで一か月金三万五〇〇〇円の割合による金員を支払え。

3 主文第五及び第六項と同旨

4 訴訟費用は第一事件被告らの負担とする。

5 仮執行宣言

二  被告川邊ウメ、同川邊勇、同森田善三郎及び同三石弘子

1 原告の請求をいずれも棄却する。

2 訴訟費用は原告の負担とする。

(第二事件)

一  原告

1 主文第七項同旨

2 訴訟費用は第二事件被告の負担とする。

3 仮執行宣言

二  被告前島節子

1 原告の請求を棄却する。

2 訴訟費用は原告の負担とする。

第二当事者の主張

一  原告

1  原告は、別紙物件目録(一)記載の土地(以下「本件土地」という。)を所有している。

同目録(二)記載の土地(以下「甲地」という。)及び同目録(三)記載の土地(以下「乙地」という。)は、いずれも本件土地の一部である。

2(一)  原告の先代五木田由五郎は、昭和三年ころ、川邊源次郎に対し、甲地を、建物所有を目的として期限の定めなく賃貸し(以下「甲賃貸借契約」または「甲賃貸借」という。)、これを引き渡した。

その後、五木田由五郎は死亡し、原告は、父五木田秀一を経て、相続により甲地の賃貸人の地位を承継した。

(二) 甲地の賃借人の地位は、昭和二七年の川邊源次郎の死亡後、川邊千代蔵らにより順次相続され、被告川邊ウメ(以下「被告ウメ」という。)が右賃借人の地位を承継した。

(三) 原告は、昭和四〇年一月一日、川邊千代蔵との間で、甲賃貸借契約の存続期間を同六〇年一月一日までとする旨合意した(甲第二号証)。

(四) 別紙物件目録(四)及び(五)記載の各建物(以下、それぞれ「本件(四)建物」及び「本件(五)建物」といい、併せて「本件(四)(五)建物」という。同目録記載の他の建物についてもこれに準ずる。)は、右(一)の引渡しの後甲地上に建築された。

3(一)  原告の先代五木田由五郎は、昭和三年ころ、川邊丑太郎に対し、乙地を、建物所有を目的として期限の定めなく賃貸し(以下「乙賃貸借契約」または「乙賃貸借」という。)、これを引き渡した。

その後、五木田由五郎は死亡し、原告は、父秀一を経て、相続により乙地の賃貸人の地位を承継した。

(二) 原告は、昭和四〇年一月一日、川邊丑太郎との間で、乙賃貸借契約の存続期間を同六〇年一月一日までとする旨合意した(甲第三号証)。

(三) 昭和四五年一月六日、川邊丑太郎は死亡し、被告川邊勇(以下「被告勇」という。)が、相続により乙地の賃借人の地位を承継した。

(四) 本件(八)(九)建物は、右(一)の引渡しの後乙地上に建築された。

4  被告ウメ及び同勇は、昭和六〇年一月一日経過後も本件(四)(五)建物及び本件(八)(九)建物(以下、以上の四建物を「本件各建物」という。)をそれぞれ所有し、甲地及び乙地の使用を継続していた。

5(一)  そこで、原告は、同月八日、被告ウメ及び同勇に対し、甲地及び乙地の使用継続について、それぞれ遅滞なく異議(以下いずれも「本件異議」という。)を述べた。

(二) 右各異議は、いずれも次のような正当事由に基づくものである。

(1) 原告は、三菱電機株式会社に勤務しているが、中卒であるため、比較的給与が少ないので、妻(四八歳)、子三人(社会人、高校生及び中学生)、母(六四歳)の家族六人の生活のために本件土地を利用する必要がある。原告の長男五木田潤は、本件土地の一部を使用してそこを独立の住居としながら自動車整備業を始めることを計画している。

(2) 被告ウメ及び同勇は、本件各建物に居住しておらず、甲地及び乙地を使用する必要性は少ない。

特に、被告ウメは、横浜市野毛の、繁華街に近い高級住宅地に宅地七一六・〇六平方メートルを所有し、その時価は控え目に見積もっても約六億五〇〇〇万円であり、そのほかにも、藤沢市遠藤に畑二九〇平方メートルを所有している。

(3) 本件各建物は、いずれも昭和三年ころに建築されたもので、老朽化している。特に、本件(八)建物の一部及び本件(九)建物は完全に朽廃状態となっている。

(4) 甲乙両賃貸借契約の締結から、六〇年以上が経過しており、右各賃貸借契約の目的は十分に達成された。

(5) 原告は、更新拒絶の正当事由を補強するため、立退料として被告ウメに対し、本件(四)(五)建物の収去及び甲地の明渡しと引換えに金三〇〇万円を、同勇に対し、本件(八)(九)建物の収去及び乙地の明渡しと引換えに金三五〇万円をそれぞれ支払う用意がある。

6  昭和六〇年一月二日以降の甲地の相当賃料額は、一か月三万円であり、乙地の相当賃料額は、一か月三万五〇〇〇円(いずれも三・三平方メートル当たり五〇〇円である。)である。

7  被告前島節子(以下「被告前島」という。)は、被告ウメから、別紙物件目録(六)記載の建物部分(以下「前島占有部分」という。)を賃借して占有し、甲地を占有している。

8  被告森田善三郎(以下「被告森田」という。)は、被告ウメから、別紙物件目録(七)記載の建物部分(以下「森田占有部分」という。)を賃借して占有し、甲地を占有している。

9  被告三石弘子(以下「被告三石」という。)は、被告勇から、別紙物件目録(一〇)記載の建物部分(以下「三石占有部分」という。)を賃借して占有し、乙地を占有している。

10  よって、原告は、賃貸借契約の終了に基づき、被告ウメに対し、本件(四)(五)建物の収去と甲地の明渡し及び賃貸借契約終了の日の翌日である昭和六〇年一月二日から右明渡ずみまで一か月三万円の割合による遅延損害金の支払を、被告勇に対し、本件(八)(九)建物の収去と乙地の明渡し及び前同日から右明渡ずみまで一か月三万五〇〇〇円の割合による遅延損害金の支払を、本件土地の所有権に基づき、被告前島に対し、前島占有部分からの退去及び甲地の明渡しを、被告森田に対し、森田占有部分からの退去及び甲地の明渡しを、被告三石に対し、三石占有部分からの退去及び乙地の明渡しを、それぞれ求める。

二  被告川邊ウメ及び同森田善三郎

1  原告の主張に対する認否

(一) 1のうち、原告が甲地を所有していることは認める。

(二) 2のうち、(二)及び(四)の各事実は認める。

(一)の事実のうち、甲賃貸借契約の成立自体は認めるが、右契約を締結したのは大正元年初めのころのことである。

(三)の事実は否認する。

甲地については、昭和一四年一二月二六日勅令第八六四号により、同月二八日から借地法が適用されることになり、甲賃貸借契約は、同法附則第一七条二項によって大正元年から二〇年経過した昭和六年に更新されたものとみなされ、同条一項及び同法第六条によって同二六年及び同四六年に法定更新されたのであるから、甲賃貸借契約は同六六年まで存続する。

甲第二号証は、甲賃貸借契約の賃料の確認と当事者の明確化のために作成された書面にすぎない。

(三) 4の事実のうち、被告ウメが、昭和六〇年一月一日経過後も本件(四)(五)建物を所有し、甲地の使用を継続していたことは認める。

(四) 5(一)の事実のうち、原告が、同月八日、被告ウメに対し、本件異議を述べたことは認める。

(二)の正当事由があるとの主張は争う。

(二)の(1)、(3)及び(4)の各事実は否認する。(2)のうち、被告ウメが本件(五)建物に居住していないことは認めるが、甲地使用の必要性がないとの主張は争う。(5)の立退料の提供によっては正当事由は補強されない。

(五) 6は争う。

(六) 8の事実は認める。

(七) 10は争う。

2  正当事由に関する主張

(一) 被告ウメは、昭和四六年一一月ころ被告森田に対し森田占有部分を、同五五年九月ころ被告前島に対し前島占有部分を、いずれも期間の定めなく賃貸し、被告森田及び同前島は右各占有部分に現在居住している。そして、被告ウメは、寡婦であり、被告森田らからの賃料収入を生活費の一部としており、また、本件(四)建物のうち前島占有部分を除いた部分を商品倉庫として使用し、将来は生活の本拠として使用する予定である。

(二) 原告は、本件異議申出時、本件土地のほかに、乙地の北側に、藤沢市大鋸三丁目八二二番ロ号の二(以下単に「八二二番ロ号の二」という。同所所在の他の地番の土地についても、これに準ずる。)宅地のうち北寄りの一部約二〇〇平方メートルを所有していたのであるから、右土地を自動車整備業の事業用地として利用すればよいのに、昭和六一年一二月、右土地を売却してしまった。これは、本件土地を長男の自動車整備業のために利用する必要があるとの原告の主張(前記一の5(二)の(1))が単なる口実であることを示している。

(三) また、原告は、本件土地の東側に、「八二二番八」宅地一九八・三四平方メートル、「同番三二」宅地三三五・三五平方メートル及び「同番三三」宅地二一六・六二平方メートルを所有している。右「八二二番八」宅地上には、家屋番号二三九番五、木造亜鉛メッキ鋼板葺平家建、床面積七九・〇四平方メートルの居宅があり、右「八二二番三三」宅地上には、家屋番号八四九番五、木造亜鉛メッキ鋼板葺二階建、床面積一階四六・三七平方メートル、二階二三・一八平方メートルの居宅があり、さらに右「八二二番三二」宅地上には、昭和六一年九月に新築した二階建アパートがあるが、右各土地の大部分は空き地であり、かつ、横須賀水道路に面しているから、仮に、将来原告の長男が自動車整備業を営むとしても右空き地を利用すれば足りる。

そして、原告は、前記の新築アパートから一か月二〇万円以上の賃料収入を得ている。

三  被告ウメらの主張(前記二の2)に対する原告の認否

1  被告ウメらの主張(一)の事実のうち、被告ウメが、それぞれその主張のころ、被告森田に対し森田占有部分を、同前島に対し前島占有部分を期間の定めなく賃貸していることは認めるが、その余の事実は否認する。

被告森田は、昭和六一年一一月一日をもって東京都世田谷区に転出しており、現在は本件(五)建物に居住していない。また、最近では、本件(四)建物が商品倉庫として使用されたことはない。

2  同(二)の事実のうち、原告が、本件異議申出時、乙地の北側に、宅地約二〇〇平方メートルを所有していたこと及び昭和六一年一二月、右土地を売却したことは認める。

しかし、右土地は、県道戸塚茅ヶ崎線(以下単に「県道」という。)に面する部分が西富歩道橋の橋脚と階段とによって塞がれており、自動車整備業を営むには不適当である。

3  同(三)の事実のうち、原告が被告ウメら主張の各土地を所有し、右各土地上に同被告ら主張の各建物が存在することは認める。

しかし、右各土地の空き地部分は「八二二番三二」所在の新築アパートの専用道路となっているから、右空き地には建築基準法上自動車整備工場を建築することはできない。

四  被告川邊勇及び同三石弘子

1  原告の主張に対する認否

(一) 1のうち、原告が乙地を所有していることは認める。

(二) 3のうち、(一)、(三)及び(四)の各事実は認めるが、(二)の事実は否認する。

(三) 4の事実のうち、被告勇が、昭和六〇年一月一日経過後も本件(八)(九)建物を所有し、乙地の使用を継続していたことは認める。

(四) 5(一)の事実のうち、原告が、同月八日、被告勇に対し、本件異議を述べたことは認める。

(二)の正当事由があるとの主張は争う。

(二)の(1)の事実は知らない。(2)の事実のうち、被告勇が本件(八)(九)建物に居住していないことは認めるが、乙地使用の必要性がないとの主張は争う。(3)の事実のうち、本件(八)(九)建物が昭和三年ころ建築されたものであることは認めるが、その余は否認する。(4)は争う。(5)の立退料の提供によっては正当事由は補強されない。

(五) 6は争う。

(六) 9の事実は認める。

(七) 10は争う。

2  正当事由に関する主張

(一) 前記二の2(三)と同様である。

(二) 原告は、本件異議申出当時、乙地の北側の宅地及び右宅地上の家屋番号八二二番二の二階建アパートを所有していたから、生計には十分な余裕があった。

(三) 被告勇は、江ノ島電鉄株式会社に勤めるサラリーマンであり、本件(八)(九)建物を被告三石外一名に対し賃貸し、その賃料収入により生計を立てている。

五  被告勇らの主張(前記四の2)に対する原告の認否

1  被告勇らの主張(一)の事実は認めるが、被告主張の空き地は地形が悪く、利用価値が低いものであり、自動車修理業を営むには適しない。

2  同(二)の事実のうち、被告勇ら主張のアパートを所有していたことは認めるが、右アパートは傷みがひどく、三世帯しか住めない状態で、賃料収入の合計は一か月五万円にすぎず、しかも、賃料は、アパート建築のための農協からの借入金の返済と固定資産税の支払に当てられており、賃料収益が生活費を補うという状況ではない。

3  同(三)の事実のうち、被告勇が江ノ島電鉄株式会社のサラリーマンであること及び三石占有部分を被告三石に賃貸していることは認めるが、被告勇が同三石らからの賃料収入により生計を立てていることは否認する。

被告勇は、肩書住所地に自己所有の土地建物を所有し、しかも、サラリーマンといっても大型デパートの店長である。

六  被告前島節子(原告の主張に対する認否)

1  1の事実は知らない。

2  2の各事実は知らない。

3  4の事実は知らない。

4  5(一)の事実は知らない。

同(二)の正当事由があるとの主張は争う。

5  7の事実は認める。

6  10は争う。

第三証拠《省略》

理由

第一被告川邊ウメ及び同森田善三郎に対する請求について

一  原告の主張1のうち、原告が、甲地を所有していることについては当事者間に争いがない。

二  同2のうち、(二)及び(四)の各事実並びに(一)の事実のうち、甲賃貸借契約の成立自体については当事者間に争いがない。そして、《証拠省略》によれば、右契約は大正の初めころ締結されたことが認められる。

三  そこで、原告の主張2(三)について判断する。

《証拠省略》によれば、甲賃貸借は口頭の約束に基づくものであったこと、そこで、原告は、昭和四〇年一月一日川邊千代蔵との間で、甲地を賃料一か月一五〇〇円で期間を同六〇年一月一日までの二〇年として賃貸する旨の土地賃貸借契約書(甲第二号証)を交わしたことが認められる。

ところで、甲地については、被告ウメらの主張のように、昭和一四年一二月二八日より借地法が適用されるようになった結果、甲賃貸借契約は、同二六年に法定更新され、右契約書は、甲賃貸借の存続期間満了の六年前に交わされたことになる。

被告ウメらは、右の事実から、右契約書は甲賃貸借契約の賃料の確認と当事者の明確化のために作成されたものにすぎない旨主張するが、右契約書の第三条には、賃貸借契約の存続期間を契約締結の日より二〇年とし、存続期間は昭和六〇年一月一日までとする旨明確に記載されているから、昭和四〇年一月一日、甲賃貸借契約の存続期間を延長し、同六〇年一月一日までとする旨の合意が成立したと認めるのが相当である。

四  原告の主張4の事実のうち、被告ウメが、昭和六〇年一月一日経過後も本件(四)(五)建物を所有し、甲地の使用を継続していたことについては当事者間に争いがない。

五  原告の主張5(一)の事実のうち、原告が、昭和六〇年一月八日、被告ウメに対し、本件異議を述べたことについては当事者間に争いがない。そして、右異議は、遅滞なくなされたものと認められる。

六  そこで、原告の本件異議が正当な事由に基づくものであるかどうかにつき判断する。

1  まず、原告側の事情について検討する。

(一) 原告が、本件土地以外に、本件土地の東側に、「八二二番八」宅地一九八・三四平方メートル、「同番三二」宅地三三五・三五平方メートル及び「同番三三」宅地二一六・六二平方メートルを所有しており、右「八二二番八」宅地上には、家屋番号二三九番五、木造亜鉛メッキ鋼板葺平家建、床面積七九・〇四平方メートルの居宅が、右「八二二番三三」宅地上には、家屋番号八四九番五、木造亜鉛メッキ鋼板葺二階建、床面積一階四六・三七平方メートル、二階二三・一八平方メートルの居宅が、また、右「八二二番三二」宅地上には、昭和六一年九月に新築した二階建アパートがそれぞれ存在すること、原告は、乙地の北側にも宅地約二〇〇平方メートルを所有していたが、同年一二月、右土地を売却したことについては、いずれも当事者間に争いがない。

(二) 《証拠省略》を総合すれば、次の各事実が認められ、右認定を覆すに足りる証拠はない。

(1) 原告は、サラリーマンであり、夫婦二人、子供三人(本件異議申出当時、長男は社会人、次男は高校生、三男は中学生であった。)、原告の母の六人家族であり、妻は手内職をしている程度で他に収入はない。

そこで、原告は、本件土地の明渡しを受け、長男五木田潤に本件土地で自動車の修理・販売の商売をさせることを計画しており、潤は、そのために友人の喫茶店で働きながら、アルバイト的に溶接の仕事を見よう見真似で修得しているが、自動車修理の経験はない。

(2) 原告は、本件土地及び前記(一)記載の各所有土地を相続により取得したが、本件土地以外の土地の使用状況は次のとおりである(原告所有土地の位置関係は別紙図面(三)表示のとおりである。)。

すなわち、乙地の北側の宅地(現在の「八二二番三四」であり、もとは「八二二番ロ号の二」の一部であったが、昭和六一年一二月二日、「八二二番ロ号の二」から分筆されて本件土地である「同番二」及び「同番三四」となった。)上には、本件異議申出のとき、原告が相続した山林を売却して建築したアパート(家屋番号八二二番二、木造スレート葺二階建、床面積一階五三・〇一平方メートル、二階五四・六五平方メートルの共同住宅)があり、右アパートには六世帯の入居が可能で、原告は、右アパートから賃料収入を得ていたが、老朽化し雨漏りがするようになり、昭和六一年一〇月には入居者が全員出てしまったので、これを取り壊し、同年一二月、右土地を売却した。右土地は、県道に面する部分が西富歩道橋の橋脚と階段とによって塞がれており、自動車の出し入れに難があるから、自動車整備業の経営には不向きの場所である。

「八二二番三二」宅地上には、前記(一)のとおり、新築の二階建アパートがある。右アパートは、原告が農協から二五〇〇万円の融資を受け建築したもので、昭和六一年一一月に竣工し、四世帯が入居可能で、家賃は一戸一か月五万七〇〇〇円であり、既に三世帯が入居しているが、農協に対して、五〇〇万円の借入金債務が残存している。

「八二二番三三」宅地上にある居宅は、原告の自宅であり、右居宅に、原告の家族六人が居住している。

そして、「八二二番八」、「同番三二」及び「同番三三」の各土地を併せると約二〇〇坪になり、相当の空き地があるが、右の新築アパートが横須賀水道路から奥まった場所にあり、右空き地は右アパートから右道路までの通路に当たるため、防火上、右空き地に建物を建築することはできない状況にある(別紙図面(三)参照)。

以上の各事実が認められる。

(三) 右の(一)及び(二)の各事実によれば、原告は、本件土地を長男の自動車整備業の経営のために使用したいという考えをもっているが、それは具体的なものではなく、単なる希望にとどまるものであって、他に格別本件土地を自ら使用する必要に迫られているわけではないと認められる。

原告は、家族六人の生活のために本件土地を利用する必要がある旨主張するが、右(一)及び(二)(2)の各事実、特に、原告はサラリーマンとしてそれなりの収入を得ているほか、相当の資産を有し、建物の賃貸等によりある程度の収益をあげていると認められることに照らせば、原告の右主張は相当なものとはいえない。

2  次に、被告ウメ側の事情について検討する。

(一) 甲賃貸借が、被告ウメの先代である川邊源次郎により始められ、右賃貸借の賃借人の地位が、順次相続され、被告ウメがこれを承継したこと、被告ウメが、昭和四六年一一月ころ被告森田に対し森田占有部分を、同五五年九月ころ被告前島に対し前島占有部分を、いずれも期間の定めなく賃貸したことについては、いずれも当事者間に争いがない。

(二) 《証拠省略》を総合すれば、次の各事実が認められ、右認定を覆すに足りる証拠はない。

(1) 甲賃貸借は、大正の初めころ、川邊源次郎が甲地上に建物を建築し、そこに居住することを目的として始められた。

被告ウメは、昭和一五年川邊千代蔵との婚姻後、甲地に居住を始め、同三四年ころ本件(四)建物が建てられ、同被告は、同三八年まで右建物に居住していたが、その後、後記の野毛町の店舗兼居宅に転居した。

その間、千代蔵は、昭和二四年横浜市中区野毛町二丁目七八番地に店舗兼居宅(家屋番号同町二丁目八七番)を持ち、そこで、靴の商売を始め、被告ウメは、同二五年右家屋において、長女千代子を出産した。千代蔵は、同三一年右同所に、さらに店舗兼居宅(家屋番号同町二丁目八九番五)を買い受け、同四五年ころまでに合資会社カワベ靴店(以下「カワベ靴店」という。)を設立した。

被告ウメの長男佳正は、昭和一六年に生まれ、本件(四)建物建築後は同建物に居住していたが、同四〇年ころまでに鎌倉市大船へ転居し、さらに同四八年野毛町二丁目七八番地に移転した。

長女千代子は、昭和五二年に婚姻するまで、野毛町二丁目七八番地に居住していた。

(2) 前記三の認定のとおり、甲賃貸借は口頭の約束に基づくものであったので、原告は、昭和四〇年一月一日、川邊千代蔵との間で、書面により、甲賃貸借契約の存続期間の延長等を内容とする契約を締結した。

右契約時には、右(1)のとおり、千代蔵は、野毛で靴の商売をし、本件(四)建物の県道(西)側半分を商品の倉庫として使用しており、右建物には誰も居住していなかった。

(3) 被告ウメは、昭和四七年、川邊千代蔵より、横浜市西区老松町三〇番一四宅地七一六・〇六平方メートル及び藤沢市遠藤字東原三二二二番一畑一九〇平方メートルを相続し、昭和五六年一一月、右老松町の宅地上に鉄筋コンクリート造陸屋根二階建の居宅を新築し、右居宅を長男の妻川邊志美及びその子(被告ウメの孫)基徳と共有して、そこで右志美らとともに居住している。そして、右畑は植木畑であるが、その一部には賃貸建物があり、資材置場としても貸している。

なお、右基徳名義のものとして、横浜市中区野毛町二丁目七八番八宅地及び右(1)の二棟の店舗兼居宅があり、右志美の名義のものとして、藤沢市遠藤字東原に四筆の畑がある。

(4) 被告ウメは、昭和六一年五月一九日の検証に先立ち、本件(四)建物から商品を右(1)の野毛町の店舗兼居宅に運び出した。

(5) 本件(四)建物は、右(1)のとおり、昭和三四年ころ建てられたものであり、右検証の際、外部・内部とも腐食・き裂・間隙などは認められなかった。

本件(五)建物は、川邊源次郎が甲地を借り受けた大正の初めころ、建てられたものであり、右検証の際、トタン屋根に補修の形跡が認められたが、腐食が著しく、板戸が外れ羽目板がはがれて散在していた。

(6) 被告森田は、昭和四六年、森田占有部分を賃料一か月六〇〇〇円で借り受け、右部分に居住していたが、身体の具合が悪くなったため、同六一年一一月、荷物を残したまま、東京都世田谷区の息子のところへ移転した。そして、その後、右部分に居住する者はなく、被告森田は、賃料を支払わないが、同ウメはその請求をしていない。

(7) 被告前島は、昭和五五年ころ、前島占有部分を賃料一か月一万六〇〇〇円で借り受け、右部分に居住していたが、病気のため、同六一年二月ころ、実家に帰り、現在は同被告の親類が留守番をしている。以上の各事実が認められる。

(三) そして、右(二)の(1)ないし(4)の各事実によれば、被告ウメら一家の家業である靴の商売は昭和二四年から野毛町で営まれ、同四〇年ころまでには、同被告ら家族の生活の本拠も完全に野毛町の店舗兼居宅に移されたこと、そして、同五六年には同被告の生活の本拠は老松町の居宅に移され、そのころから野毛の店舗兼居宅は店舗として使用されるようになっていること、同被告は、本件異議申出のころ、本件(四)建物を靴の商品倉庫として使用していたことを推認することができる。

したがって、被告ウメは、本件異議申出当時、同被告ら家族の営む靴店の商品の倉庫としてはともかく、右家族の生活の本拠としては、甲地を格別必要としなくなっていたと認められる。

被告ウメらは、同被告が被告森田及び同前島からの賃料収入を生活費の一部としている旨主張するが、右(二)の(1)、(3)、(6)及び(7)の各事実、特に、被告ウメら家族が相当の資産を有し、カワベ靴店の経営、建物の賃貸等によりある程度の収益をあげていると認められること、被告森田らの賃料は合計で二万二〇〇〇円にすぎないこと及び被告森田は昭和六一年一一月から賃料を支払わないのに、同ウメは右賃料の請求をしていないことによれば、被告森田らからの賃料収入を失ったとしても、これにより被告ウメが経済的に打撃を被り生活を維持できなくなるという事情はないと認められ、被告ウメらの右主張は相当なものとはいえない。

また、被告ウメらは、同被告が将来甲地を生活の本拠として使用する予定である旨主張し、《証拠省略》はこれに副った供述をするが、右(二)の(1)及び(3)の各事実、特に、被告ウメが生活の本拠を甲地から移して後二〇年以上が経過していること、昭和五六年老松町の宅地上に居宅を新築したばかりであり、長男の嫁と孫とともにそこに居住していること、右居宅は前記靴店の近くにあるが、甲地は遠くにあることに照らすと、右供述は採用することができず、この主張も相当なものとはいえない。

なお、被告ウメらは、借地人である同被告側の事情として建物賃借人である被告森田及び同前島の事情を主張するかのようであるが、右(二)の(1)のとおり、甲賃貸借契約は賃借人である川邊源次郎が建物を建て、そこに居住するということで始まったものであり、当初から建物賃借人の存在を容認していたものとは認められないし、また、被告ウメと同森田らを実質上同視すべき事情も認められないから、同森田らの事情を同ウメ側の事情として斟酌することは許されないというべきである(最高裁昭和五八年一月二〇日第一小法廷判決・民集三七巻一号一頁参照)。

3  正当事由の有無の判断

前記1、2の各(三)によれば、原告、被告ウメとも、本件土地以外の場所に生活の本拠を置き、しかもそれなりの資産を有してこれから収益をあげているのであって、自らの居住地を確保するために本件土地を必要とする事情はなにもなく、また、本件土地を使用収益しなければ生計を維持できないという事情もないのであり、甲地の必要性については双方に格別な差異は認められない。

しかしながら、他方、前記2(二)の(1)の事実によれば、甲賃貸借契約の存続期間は、本件異議の申出のとき既に七〇年を超えていたことが明らかであり、前記2(三)で認定した事実によれば、被告ウメら一家が当初甲地を必要とした事情(居住地の確保の必要)は昭和四〇年ころまでになくなったことが認められ、これらの事実及び前記2(二)の(5)の事実(甲賃貸借の開始のころ建築された本件(五)建物は、腐食が著しい状態であること)並びに前記2の被告ウメ側のその他の事情にかんがみると、甲賃貸借の目的は達成されたというべきであるから、一応正当事由を具備したものと認められる。そして、双方の利害調整の観点から、原告が被告ウメに対し金三〇〇万円の立退料を提供することにより、正当事由を補強したものと認めるのが相当である。

なお、被告ウメらは、立退料の提供は正当事由を補強しない旨主張するので、この点について検討する。

右立退料提供の申出が、本件異議申出時から約三年後の本訴口頭弁論期日においてなされたものであることは訴訟記録上明らかである。しかし、異議に関する正当事由は原則として本来異議を述べた当時に存在することが必要であるとしても、本件のように、双方とも土地使用の必要性に乏しいが、賃貸借の存続期間、賃貸借期間中の双方の事情などを総合考慮すると、正当事由を具備したものと一応認められるところ、なお借地人との利害の調整上賃貸人に対して代償的給付を認めるのが相当であるような場合には、口頭弁論終結時までになされた立退料の提供は正当事由を補強するものと解するのが相当である。よって、被告ウメらの右主張は失当である。

したがって、甲賃貸借契約は、昭和六〇年一月一日の経過により、終了したものというべきである。

七  原告の主張6(甲地の相当賃料額)について

昭和五五年ころの甲地上の建物の一部の賃料が二万二〇〇〇円であることは、前記六の2(二)の(6)(被告森田の賃料六〇〇〇円)及び(7)(被告前島の賃料一万六〇〇〇円)のとおりであり、《証拠省略》によれば、同六二年三月ころの乙地上の建物の賃料は六万円であることが認められる。

また、《証拠省略》によれば、昭和四〇年ころの甲地の賃料は一か月、三・三平方メートル当たり二五円であること、「八二二番ロ号の二」宅地の昭和五九年度の固定資産評価額は一四〇〇万円程度であり、その地積は四〇五・五二平方メートルであることが認められる。

そして、以上の認定事実及び固定資産評価額が右土地の時価相場と比較してある程度低廉であることは当裁判所に顕著であることによれば、前記六(特に、2(二)の(1)、(2)及び(4)ないし(7)並びに(三))のとおり、甲地の利用状況は甲地の立地条件を十分に反映したものとはいい難く、その賃料は低廉とならざるをえないことを考慮しても、昭和六〇年ころの甲地の一か月当たりの賃料相当額は、右評価額の三パーセントを目安にして算出した額、すなわち一万八〇〇〇円(三・三平方メートル当たり約三〇〇円)を下らないものと認めるのが相当である。

以上によれば、甲地の相当賃料額は昭和六〇年一月二日以降一か月一万八〇〇〇円を下らないものと認めることができるが、右額を超える部分については、これを認めるに足りる証拠がない。

八  原告の主張8(被告森田の甲地の占有)の事実については当事者間に争いがない。

九  よって、原告の被告ウメに対する請求は、主文第一項の限度で理由があり、被告森田に対する請求は理由がある。

第二被告川邊勇及び同三石弘子に対する請求について

一  原告の主張1のうち、原告が、乙地を所有していることについては当事者間に争いがない。

二  同3のうち、(一)、(三)及び(四)の各事実については当事者間に争いがない。

三  そこで、同3(二)について判断する。

《証拠省略》によれば、乙賃貸借は口頭の約束に基づくものであったこと、そこで、原告は、昭和四〇年一月一日、川邊丑太郎との間で、乙地を賃料一か月一七五〇円で期間を同六〇年一月一日までの二〇年として賃貸する旨の土地賃貸借契約書を交わしたことが認められる。

ところで、乙地についても、甲地と同様に、昭和一四年一二月二八日より借地法が適用されるようになった結果、乙賃貸借契約は、昭和二三年に法定更新され、右契約書は、乙賃貸借の存続期間満了の三年前に交わされたことになるが、前記第一の三と同様、右契約書の第三条の記載から、昭和四〇年一月一日、乙賃貸借契約の存続期間を延長し、同六〇年一月一日までとする旨の合意が成立したと認めるのが相当である。

四  原告の主張4の事実のうち、被告勇が、昭和六〇年一月一日経過後も本件(八)(九)建物を所有し、乙地の使用を継続していたことについては当事者間に争いがない。

五  原告の主張5(一)の事実のうち、原告が、昭和六〇年一月八日、被告勇に対し、本件異議を述べたことについては当事者間に争いがない。そして、右異議は、遅滞なくなされたものと認められる。

六  そこで、原告の本件異議が正当な事由に基づくものであるかどうかにつき判断する。

1  原告側の事情については、前記第一の六の1において検討したとおりである(《当事者間に争いのない事実省略》)。

2  そこで、被告勇側の事情について検討する。

(一) 乙賃貸借が、昭和三年、被告勇の先代である川邊丑太郎により始められ、そのころ、本件(八)(九)建物が建築され、右賃貸借の賃借人の地位が、昭和四五年一月六日丑太郎から被告勇へ相続により承継されたこと、本件異議申出のころ、被告勇は同三石に対し三石占有部分を賃貸していたことについては、いずれも当事者間に争いがない。

(二) 《証拠省略》を総合すれば、次の各事実が認められ、右認定を覆すに足りる証拠はない。

(1) 乙賃貸借は、川邊丑太郎が乙地上に建物を建築し、そこに居住することを目的として始められた。

被告勇(三男)は、昭和一〇年ころ乙地で生まれ、同三八年ころまで父丑太郎、兄忠義(次男)とともに本件(八)建物(母屋)に居住していた。丑太郎は、昭和四五年に死亡するまで、本件(八)建物に居住し、たばこなどの日用品・雑貨を売る商売を営んでいた。また、忠義は、同四九年に死亡するまで、本件(九)建物と行き来しながら本件(八)建物に居住していた。

本件(九)建物は、昭和四四年まで兄(長男)弥一夫婦により、同四九年まで忠義により、居宅として使用され、その後は物置として使用されていたが、原告の異議により改修できずに放置されていた結果、荒れ放題になっている。

(2) 前記三の認定のとおり、乙賃貸借は口頭の約束に基づくものであったので、原告は、昭和四〇年一月一日、川邊丑太郎との間で、書面により、乙賃貸借契約の存続期間の延長等を内容とする契約を締結したが、右契約には、無断増改築禁止特約が含まれていた。

ところが、昭和四三年ころ、本件(八)建物の南側が貸店舗に改修され、さらに、同四五年九月ころ、川邊弥一が右建物の北側を貸店舗に改修する工事をはじめたので、原告は、二度にわたり異議を述べたが、右工事は完成し、右建物の県道(西)側には南北二つの貸店舗が並ぶこととなった。

(3) 川邊忠義の死後は、妻てる子が、本件(八)建物を管理していたが、昭和五〇年終わりころから、被告勇が管理するようになり、昭和五一年ころ、右建物を越後辰男及び東島京子に賃貸し、右越後は小料理店を経営し、右東島は日用品・雑貨の販売をするようになった。

それを知った原告は、右越後に乙賃貸借の存続期間を確認したところ、同人は知らないということであったので、昭和五一年一一月一〇日、右越後及び東島並びに被告勇に、原告の許可なく増築工事等を行わないこと及び同五九年七月三一日までに本件(八)建物を明け渡すことを約する旨の誓約書(甲第四号証)を差し入れさせた。その際、被告勇には、右建物明渡しの後、同被告が右建物を収去して乙地を明渡すという趣旨で右誓約書に押印してもらった。

その後、本件(八)建物の北側(三石占有部分)では、被告三石が「しのぶ」という小料理店を経営し、右建物の南側では、昭和六〇年初めころまでラーメン屋が営業していたが、その後は、野口が選挙事務所として使用しており、右建物の賃料は合計一か月六万円である。

(4) 被告勇は、昭和四五年、川邊丑太郎より、藤沢市西富字西原四八五番一宅地二六六・二四平方メートルを相続し、昭和五六年二月、右宅地上に木造スレート葺二階建の居宅兼共同住宅を新築し、そこに居住している。

被告勇は、江ノ島電鉄株式会社事業部管理課に勤務するサラリーマンであり、同被告の息子は、コックの修行中であり、乙地で食堂の経営を計画している。

(5) 本件(八)(九)建物は、昭和五一年ころから傷みがひどくなり、同六一年五月一九日の検証の際、本件(八)建物の内部については腐食は認められなかったが、外部については、裏(東)側の土台の新しく補強された一部以外の建物の基礎に全体的に腐食が認められ、西側県道に面した貸店舗部分以外は、いたるところで壁板が欠落し、中壁が露出し、建物に穴が空いた状態となっていた。

そして、本件(九)建物は、腐食が著しく、板戸が外れ羽目板がはがれて散在していた。

以上の各事実が認められ、被告勇の供述中、右認定に反する部分は採用することができない。

(三) そして、右(二)の(1)及び(4)の各事実によれば、被告勇自身が乙地に居住していたのは昭和三八年ころまでであり、その後は自ら使用することはなく、同五六年には生活の本拠を肩書住所地の居宅兼共同住宅に定めたというのであるから、本件異議申出当時、同被告は、その家族の生活の本拠として乙地を格別必要としなくなっていたと認められる。

また、被告勇の息子が乙地で食堂を経営するという計画を有していることは右(二)の(4)の認定のとおりであるが、右計画が具体的なものであり、乙地を是非とも必要としているという事情を認めるに足りる証拠はない。

なお、被告勇らは、同被告が被告三石らからの賃料収入により生計を立てている旨主張するが、右(二)の(3)及び(4)の各事実、特に、被告勇は、サラリーマンとしてそれなりの給料を得ているほか、宅地を所有し、アパート経営によりある程度の収益をあげていると認められること、被告三石らからの賃料は合計で六万円にすぎないことによれば、同被告らからの賃料収入を失ったとしても、これにより被告勇が経済的に打撃を被り生活を維持できなくなるという事情はないと認められ、被告勇らの右主張は相当なものとはいえない。

3  正当事由の有無の判断

前記2(三)によれば、被告勇も、同ウメと同様、本件土地以外の場所に生活の本拠を置き、しかもそれなりの資産を有してこれから収益をあげているのであって、自らの居住地を確保するために本件土地を必要とする事情はなにもなく、また、本件土地を使用収益しなければ生計を維持できないという事情もないのであり、乙地の必要性については原告との間に格別な差異は認められない。

しかしながら、他方、前記2(一)の事実によれば、乙賃貸借の存続期間は、本件異議申出のとき既に六〇年近くになっていたことが明らかであり、前記2(二)の(1)の事実によれば、被告勇ら一家が当初乙地を必要とした事情(居住地の確保の必要)は昭和四九年ころまでになくなったことが認められ、これらの事実に前記2(二)の(3)の事実(昭和五一年一一月一〇日、被告勇が同五九年七月三一日までに本件(八)建物の明渡しを受けた後、右建物を収去し乙地を明け渡すという趣旨で誓約書に押印したこと)及び同(5)の事実(乙賃貸借の開始のころ建築された本件(八)建物は、外部の腐食が相当進み、本件(九)建物は腐食が著しい状態であること)並びに前記2の被告勇側のその他の事情を併せ考えると、乙賃貸借の目的は達成されたというべきであるから、一応正当事由を具備したと認められる。そして、双方の利害調整の観点から、原告が被告勇に対し、金三五〇万円の立退料を提供することにより、正当事由を補強したものと認めるのが相当である。

なお、被告勇らは、立退料の提供は正当事由を補強しない旨主張するので、この点について検討するに、右立退料提供の申出がなされたのが本件異議申出から約三年後の本訴口頭弁論期日においてであることは訴訟記録上明らかであるが、本件も、被告ウメの場合と同様、双方とも土地使用の必要性に乏しいが、賃貸借の存続期間、賃貸借期間中の双方の事情などを総合考慮し、正当事由を具備したものと一応認められるところ、なお借地人との利害の調整上賃貸人に対して代償的給付を認めるのが相当であるような場合であるから、右の立退料の提供は正当事由を補強するものと解するのが相当である。よって、被告勇らの右主張は失当である。

したがって、乙賃貸借契約は、昭和六〇年一月一日の経過により、終了したものというべきである。

七  原告の主張6(乙地の相当賃料額)について

《証拠省略》によれば、昭和五五年ころの甲地上の建物の一部の賃料が二万二〇〇〇円であることが認められ、《証拠省略》によれば、同六二年三月ころの乙地上の建物の賃料は六万円であることが認められる(前記第一の七)。

また、《証拠省略》によれば、昭和四〇年ころの乙地の賃料は一か月、三・三平方メートル当たり二五円であること、「八二二番ロ号の二」宅地の昭和五九年度の固定資産評価額は一四〇〇万円程度であり、その地積は四〇五・五二平方メートルであることが認められる。

そして、前記六(特に、2(二)の(1)ないし(3)及び(5))のとおり、乙地の利用状況も甲地と同様、乙地の立地条件を十分に反映したものとはいい難いことを考慮すれば、乙地の相当賃料額も、甲地と同様に考えるべきであるから、昭和六〇年一月二日以降一か月金二万一〇〇〇円(三・三平方メートル当たり約三〇〇円)を下らないものと認めるのが相当である(右額を超える部分については、これを認めるに足りる証拠がない。)。

八  原告の主張9(被告三石の乙地の占有)の事実については当事者間に争いがない。

九  よって、原告の被告勇に対する請求は、主文第三項の限度で理由があり、被告三石に対する請求は理由がある。

第三被告前島節子に対する請求について

一  《証拠省略》によれば、原告の主張1の事実を認めることができる。

二  甲賃貸借契約が昭和六〇年一月一日の経過により終了したことは、前記第一の六3のとおりである(《証拠省略》)。

三  原告の主張7の事実は当事者間に争いがない。

四  よって、原告の被告前島に対する請求は理由がある。

第四結論

以上の次第であるから、原告の本件各請求は、主文第一、三及び五ないし七項の限度で理由があるからこれを認容し、その余は失当であるからこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九二条但書を適用し、仮執行宣言については、その必要がないものと認め、これを却下して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 鎌田泰輝 裁判官 宮岡章 片山昭人)

〈以下省略〉

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